社会問題

【捏造?演出?やらせ問題】フジテレビ『ザ・ノンフィクション』マキさんの老後

投稿日:2020-07-14 更新日:

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【捏造?演出?やらせ問題のジレンマ】フジテレビ『ザ・ノンフィクション』マキさんの老後

つなワタリ@捨て身の「プロ無謀家」(@27watariです。定期的に「やらせ問題」はクローズアップされます。2020年は『テラスハウス』の木村花さんの事件もあり、過剰演出?という番組の作り方が社会問題にも発展しました。

 




 

こ ん な 人 に 読 ん で も ら い た い

こんな人に役立てばうれしいです

やらせについて興味のある人……テレビ番組の「やらせ」という不適切な演出問題は、バラエイティー番組のみならず、報道番組などにも及んでいます。中心となるのは映像媒体ですが、紙媒体(新聞や週刊誌)での捏造記事などもあります。そういった状況の中で、私たちは「疑う」という気持ちを持って接することが必要なわけですが、巧妙な「やらせ」は気づきにくい側面もあります。この記事が「やらせ」というものを考えるきっかけになれってもらえれば幸いです。

 

【目次】本記事の内容

12年間にも渡る過剰演出!? フジテレビ『ザ・ノンフィクション』マキさんの老後

「週刊女性PRIME」に掲載された『ザ・ノンフィクション』のやらせ?(過剰演出?)が話題になっています。

これです。

 

『週刊女性』が報道 フジテレビ『ザ・ノンフィクション』の過剰演出
『ザ・ノンフィクション』の“過剰演出”を出演者が告発! 悲惨な「やらせ」一部始終(週刊女性PRIME)
↑クリックすると、アーカイブ(魚拓)のページに飛びます。

 

告発的でもあり、デリケートな内容ですので、記事が消されてしまう可能性もあります。念のために文章にも残しておきます。少し長くなってしまいますが、やらせ問題を考えるにあたり全文掲載しています。どうぞご了承ください。

 

「全8回の放送とダイジェスト版とで計9回。12年間にわたってフェイクを流されてきました」

と告発したのは、『マキさんの老後』シリーズでおなじみのマキさんだ。

日曜日の午後2時からフジテレビで放送されている『ザ・ノンフィクション』。放送開始は1995年10月で、25年も続いている長寿番組だ。

その中でも人気なのがオカマのマキさんとオナベのジョンさんのアベコベ夫婦の生活を淡々と追う『マキさんの老後』シリーズ。最初に登場したのは’08年で、以降はほぼ年1ペースで登場。気性の激しいマキさんとそれをなだめ、耐えるジョンさんの姿が視聴者の心をつかんだのだが。

「これもねぇ、嘘なんですよ。私たちケンカなんかほとんどしませんから」

とマキさん。いったいなぜ今、告発に踏み切ったのか。

「『テラスハウス』の木村花さんの自殺がありましたよね。私も番組出演時にはアンチサイトまでできるほど叩かれました。それはひどい罵詈雑言が書かれておりましたよ」

出演中には裏話をすることは避けていたが、卒業した今、番組演出のあり方について“リアリティー番組の先輩”として苦言を呈することにした。

悲惨でかわいそうな演出

「私が『ザ・ノンフィクション』出演の話を持ってきたとき、ジョンは怒ったんですよ。マキちゃん、あの番組がどんな番組か知っているの? って。私は番組を見たことなかったので、男のディレクターの口車に乗せられちゃったんですよ」

マキさんに出演の話が来たのは他局のバラエティー番組に“オカマとオナベのアベコベ夫婦”として出演していたときのこと。

「それは30分番組だったんです。そうしたら『ザ・ノンフィクション』のディレクターが“1時間、自分たちだけ出ずっぱりで気持ちいいですよ”“骨のあるドキュメンタリーにします”なんて言うわけ。それで出ることになったんですが……」

1年間、朝から晩まで密着されてギャラは20万円程度。台本のようなものを渡され、「ドラマなんだと割り切りました」と、マキさん。

初回放送を見た周囲の反応で番組の意図を知った。

「その日はリアルタイムで放送を見られなかったんですが、お友達から“マキちゃんまだ48歳で老後ってひどいわよ”ってメールがきました。『ザ・ノンフィクション』はとにかく暗く撮るんです。私たちには“彫りが深く見えるから照明は暗くしましょう”と言っていたのに映し出されていたのは現実よりもえらく老け込んだ姿。暗い照明のおかげで、くっきりと濃いシワが刻まれていました」

ジョンさんが続ける。

「私は番組を見たことがあったので、マキちゃんに言ったんですよ。あの番組は悲惨でかわいそうな人を見て視聴者の方が優越感に浸るためのものなんだよ、と。初回を見ても驚きはしなかったですね」

その後も、

「やらせ、ねつ造、仕込み、はめ込みのオンパレード! ノンフィクションではなくてザ・半フィクションと呼んでいます。ノンフィクションは実在の人物というだけ! マキは老け役、ブス役、汚れ役でジョンはかわいそうなおばあちゃん。そういうふうに撮っていた」

と、マキさん。約束の8回を終えたらすっぱりやめようと割り切って続けたものの、マキさんの傍若無人な振る舞いの演出がアンチサイトまで生み、実生活でも被害を受けていく。

「ジョンと2人で歩いていたら、“ジョンさんかわいそうに。あんたは大嫌いっ”といきなり暴言を吐かれたり、死ねなどと書き込みをされたり。私たちは2人だから耐えられましたけど、ひとりぼっちでアンチサイトなんか見てたら木村花さんみたいに死んじゃったかもしれませんよ」

 

「ケンカしてください」

やらせ演出とはどのようなものだったのか。

「年越しのシーンで言い合いになった際に私が怒ってワインボトルを割ったように演出されました。ガチャーンという効果音がはめ込まれていたんです。もちろん私はボトルを割っていません!

初回のスーパーでの買い物シーンでは鮮魚売り場のお兄さんにイチャモンをつけるよう指示され、罪もない店員さんに怒る演出をされました。スタッフからは謝罪もなく、私たちの近所での評判が落ちていくだけでした」(マキさん)

「とにかく“ケンカしてください”と言われるんです。ケンカするまで帰ってくれないから早く帰ってほしくてケンカをしていましたね。

ディレクターは自分に強くものをいうマキちゃんのことが嫌いで“ヒモオカマ”として描こうとしていました。生活費もちゃんとマキちゃんは10万円入れているのに、たった2万円しか生活費を入れずに威張り腐っているオカマとして放送されたんです」

ジョンさんは、やらせ以外になんと“セクハラ被害”にもあっていた。

「墓参りのシーンを撮るために旅館に1泊したときのことです。ディレクターとスタッフの女の子とマキちゃんとお酒を飲んでいたら、突然ディレクターに後ろから羽交い締めにされて“ジョンさんおっぱい大きい~”って揉まれたんです。殺したいほどはらわたが煮えくり返りましたよ。激怒したらディレクターは部屋に逃げ帰って翌日“覚えてないんで”って、それだけ。最後は私もほとんど指示に従わなかったですよ」

さらに、出演者の仕込みも行われていた。

「元ポルノ男優の舞台演出家の某氏はディレクターの友人でお抱えタレントです」(マキさん)

この某氏の出演回は撮れ高があったのか2時間スペシャルとして放送された。

2人はいつもディレクターの言いなりだったわけではない。

「譲れないところはありました。ジョンが作ってくれた料理をひっくり返すように要求されたときは、さすがに断りました」(マキさん)

 

せめてハッピーエンドに

昨年1月の本放送を最後に番組から手を引いた2人だが、制作サイドは人気コンテンツをそう簡単に手放さない。

「今年になってからも連絡がきました。お金も欲しかったけど今は、もう2度と出たくありません! 私の念願のクイズ番組出演やトークショー出演の釣り餌をちらつかされて我慢してきましたが、ひとつも実現しませんでした」

『マキさんの老後』の最後はジョンさんとの乾杯シーンで終わる。

「ハッピーエンドだけは貫きたかった。最後までケンカを求められましたけど」

フジテレビにやらせ演出について尋ねると──。

「過剰な演出はなかったと認識しています。ご本人たちが不快な演出があったと感じたのであれば直接、真意を確認し話し合いたいと思います」

フジテレビの対応に本誌も注目したい。

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ジョンさん 本名:宮本佳枝。群馬県生まれ。プリンスホテルに就職したのち、東京・六本木のレズビアンクラブで修業。故郷の前橋へ戻りミックスバー「パブハウス・ジョン」を開店。マキさんと出会い、友情婚をする。現在は介護福祉士として活躍中。

マキさん 本名:宮本昌樹。茨城県生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業(文学士)。大学在学中から六本木のゲイクラブ「プティ・シャトー」で活躍。現在はステージを中心に活躍中。

HP「ジョン&マキ倶楽部」、YouTube「ジョン&マキちゃんねる」、ブログ『ジョン&マキ公式ブログ』

 

引用:『ザ・ノンフィクション』の“過剰演出”を出演者が告発! 悲惨な「やらせ」一部始終(週刊女性PRIME)

 



 

フジテレビ側は、「やらせはないと認識」とコメント

この週刊誌報道を受け、フジテレビ側は「週刊誌の記事にあったような言動や演出の指示を出したことはないと認識しております」とスポーツ紙取材にコメントしたようです。

 

このまま静観してやりすごすのか、今後の対応に注目ですね。

 

『テラスハウス』の件もありますので、定例会などで最低限の釈明はあると思いますが……。

まず、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』マキさんの老後を掘り下げる前に、一般的な「やらせと演出の境界線」について確認しておくことにします。

 

 

 

やらせと演出……その線引きとなる境界線とは?

まず、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』マキさんの老後を掘り下げる前に、一般的な「やらせと演出の境界線」について確認しておくことにします。

結果的には各人の判断に委ねるしかない結論に至るわけですが、「やらせと演出の境界線」とはどこにあるのでしょうか?

昔から議論されている問題です。やはり……これは非常に曖昧です。

そもそも立場によって基準が違ってきます。もちろん作り手と視聴者の認識には、大きなズレが生じてしまいます。

悩ましいところです。

 

・ ・ ・

 

私は「事実を効果的に見せるなら演出ですが、事実の過度の誇張なら演出とはいえない」と考えていますが、過度という尺度が曖昧です。

多少ならば、制作者側の意図に寄せるのは当然だと思います。しかし、事実を捏造は論外として、過度に捻じ曲げるのは完全にNGでしょう。

かつての『川口浩探検隊』シリーズ(注1)のような「お約束」のエンタメドキュメントは、昭和という時代的な空気?のおかげで受け入れられたのでしょうか。

NHKスペシャル『奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン』(注2)では、「再現(演出)」と「やらせ」の線引きの難しさがクローズアップされました。

そもそも映像メディアと活字メディアの性格が異なる部分もあります。映像メディアだけで考えても、バラエティー番組なのか報道番組なのかの違いによっても判断の許容範囲が変わってきます。

この「やらせと演出の境界線」に関しての一番の問題点は、難しいというのを言い訳にして明確な線引き設定と向き合わず、時が解決するとばかりに問題を棚上げしてきたことなのかもしれません。

では、そもそも「やらせ」という言葉は、いつ頃から生まれ、一般的に指摘されるようになったのでしょう。

 



 

「やらせ」という言葉は、1977年『アフタヌーンショー』がはじまり? 一般化したのはいつ?

初めてテレビ番組に対して「やらせ」という言葉が使われたのは、1977年『アフタヌーンショー』の乱交パーティー潜入ルポがはじまりといわれています。

それまでもテレビ番組で「ウソ」とか「捏造」と指摘されるケースはありましたが、はっきりと「やらせ」という言葉が使われることはありませんでした。

ちなみにそれ以前にはイタリアのエログロ映画作品で知られるヤコペッティ監督(注3)の『世界残酷物語』から続くドキュメンタリー映画という名の一連のモンド映画を、一部のマスコミで「やらせ」と呼ばれていたという事実があります。

「やらせ」という言葉が一般化したのは、1985年の『アフタヌーンショー』におけるディレクターが暴走族にリンチを依頼したとされる「やらせリンチ事件」です。社会的にも大きな問題となったため、一気に一般にも浸透しました。

話を元に戻します。

テレビサイドは、積極的に「やらせ」をしようとはしていません。これは間違いありません。そのために何十もチェックしているようです。では、一般的なテレビ局での番組作りとは、どのような流れなのでしょうか。

 

 

 

基本的なテレビ局の番組作りの流れ」と「関係する職種」

局に多少は異なるとは思いますが、私が知っている範囲での「テレビ局の番組作りの流れ」と「関係する職種」を紹介しておきます。

 

まずテレビ局の番組作りに関わる人たちは、以下のような職種となります。
・プロデューサー
・アシスタントプロデューサー
・制作デスク
・チーフディレクター
・ディレクター
・アシスタントディレクター
・構成作家
・外注の制作会社

 

これが番組の規模によってメンバーが精鋭化?(小規模化?)されていきます。

 

こういった方々が、下記のような流れで番組を制作していきます。
(1)企画会議……まず作家などを交えて番組の内容を検討
(2)内容決定……構成などの詳細を決定
(3)撮影・編集・チェック……複数回のプレビューで内容確認
(4)放送
(5)反省会

実際、私は編集者としてテレビ番組の司会者の密着取材をしたことがありますが、見えないところでの打ち合わせや会議はシビアなものでした。もちろんその番組が局の “ 顔的 ” な看板番組だったこともあるでしょうが……。

 

これだけのチェックなのに、なぜ「やらせ番組」が生まれる?

番組ができるまでに関わる人の数、作業工程を見る限り、「やらせ番組」など生まれようもない状況に感じると思います。

しかし、それでも「やらせ番組」は生まれてしまいます。その要因は2つあります。

まずは、制作会社側の問題です。

そもそも制作会社に対する番組制作費が著しく安い問題があります。予算が少なければ、それだけ制作が雑になってしまうわけです。

限られた予算と時間の中で、高視聴率を狙った番組を作ろうとすると、どうしても安易になっていきます。実際に「ま、この程度ならいっか!」という心理状態が続いていくと、いつしか一線を超えてしまう日が訪れてくるわけです。だって、人間ですもん。

 



もう一つはテレビ局側の問題があります。これは適当に制作会社に任せっ放しのプロデューサーやディレクターが一定数いることが原因です。

「やらせ番組」が大きな社会問題に発展するケースは周期的にやって来ます。

これは時間を経ることで、倫理感覚がおかしくなっていくプロデューサーやディレクターが一定数生まれてきてしまいます。だって、人間ですもん。

 

 

・ ・ ・

 

 

また、倫理感覚がおかしくなってくるだけが原因ではなく、作り手と取材相手の関係性に破綻が生じてしまう場合もあります。

 

 

実体験で感じた作り手と取材相手の関係性の破綻

私はかつて某新聞社に取材され、大きく紙面で取り上げられたことがあります。

そのときの取材者は……じつに熱心なものでした。取材も数度に渡って行われました。

私は取材に疲れてしまい、最後は「わかったよ。この声が必要なんだよね」という気分になって、「相手が望んでいるようなこと」を話したことを覚えています。そして、結果的には「私的には・・・う〜ん」的な記事になってしまいました。

きっと取材してくださった人は上司の意見に逆らえずに仕方なかったんだろうなぁ……と感じたことを覚えています。

 

私も編集者なのでよく理解できますが、倫理感とは別次元で「作り手が誠実に面白さを読者に提供しようと考える」ことで、結果的に自分の意図する構図にハメ込もうと暴走気味になることはあります。そして、取材される側がそれを察知してサービスしてしまうことは往々にしてあります。

結果、場合によって納得出来ない成果物が出来上がって憤慨する……みたいなことになるわけです。

さて、ざっとテレビ番組の「やらせと演出」「やらせ番組」について、さらに自分の体験談などを挟みましたが、今回のフジテレビ『ザ・ノンフィクション』マキさんの老後について掘り下げてみます。

 

 

『ザ・ノンフィクション』は、リアルな人間を描くドキュメンタリー番組

簡単に『ザ・ノンフィクション』という番組の基本情報から紹介します。

1995年10月15日より放送を開始された『ザ・ノンフィクション』は、フジテレビの人気ドキュメンタリー番組です。

 

1995年10月15日より放送を開始された『ザ・ノンフィクション』は、フジテレビの人気ドキュメンタリー番組
フジテレビ『ザ・ノンフィクション』
https://www.fujitv.co.jp/thenonfx/

番組自体の評価はかなり高く、最近では2020年4月に開催された国際的メディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル」で銀賞と銅賞をダブル受賞するなど、さまざまな国内外のメディア関連の賞を受賞してきています。

 

「リアルな人間を描きたい」というコンセプトで、たくさんの感動をお茶の間に届けるのが基本姿勢です。

 

出演者は一般人。派手さの欠片もありません。リアルさの演出のためか、画面構成は「暗い印象」を演出しているように感じます。人生の光と影を映像技術でくっきりと浮き彫りにさせています。

私的にはかつてNHKが放送した「もんたよしのり下積みドキュメント」(注4)とフジテレビ『ザ・ノンフィクション』はかぶります。

 



 

制作費は500万とも、1000万円に満たない程度で、「非常に安い」といわれていますが、それは定かではありません。少なくとも2008年春に『ザ・ノンフィクション』制作の予算を75%カットすると通告され(最後は50%カットに落ち着く)、全日本テレビ番組製作社連盟がフジテレビに抗議するという問題に発展した事実があります。さらに同年秋には制作会社社長が資金繰りに苦しみ自殺に追い込まれてしまいました。

実際、そもそも地方局などでは100万円程度の制作費で30分番組を作るのはザラのことで、4〜500万円などはかなり高額という現実もあります。『ザ・ノンフィクション』の制作費が「非常に安い」かどうかに関しては、別の議論が必要ではあります。

 

・ ・ ・

 

放送された番組の中には反響が大きくシリーズ化したものもあり、今回のマキさんの老後シリーズはその一つでした。なんと12年にも渡って追い続けられてきたコンテンツです。単純な人気の高さや社会的な重要度、LGBT問題への注目などが伺えます。

では、マキさんの老後シリーズの歴史を確認してみます。

 

 

 

マキさんの老後シリーズの歴史

『週刊女性』の記事によると、「全8回の放送とダイジェスト版とで計9回。12年間にわたってフェイクを流された……となっています。

 

ちょっと検索してみました。

 

確認できた放送日は下記のとおりです。

 

再放送はかなりの回数になります。ちなみにマキさんは早稲田大学在学中から六本木「プチシャトー」でニューハーフ(ゲイボーイ)として働き、80年代から雑誌やテレビ番組にかなり登場されてきています。そういった部分では、マスコミ慣れされている方です。今回の『週刊女性』とも関係は非常に深いようです。

 

最初の放送は、おそらく2008年4月27日のはずです。

 

 

<マキさんの老後 放送の歴史>
・2008年4月27日(日)「マキさんの老後~細りゆく未来の物語~」
・2011年5月1日(日)「マキさんの老後~3年後の逆転夫婦~」
・2014年2月23日(日)「マキさんの老後~母との別れ~」
・2016年5月1日(日)「マキさんの老後~秘密の過去~」
・2017年6月4日(日)「マキさんの老後~絶望と希望の旅立ち~(前編)」
・2017年6月11日(日)「マキさんの老後~絶望と希望の旅立ち~(後編)」
・2017年12月10日(日)「マキさんの老後~波乱万丈 10年の軌跡~」
・2018年4月15日(日)「マキさんの老後~人生傷だらけ~」
・2019年1月6日(日)「マキさんの老後~意外な素顔~」

 

 

さて、今回の「やらせ告発」ですが、本当にマキさんは被害者なのでしょうか?

 

12年も付き合ってきたフジテレビを「やらせの加害者」として告発し、一刀両断で切り捨てることはできないことは、誰もが考えることです。

 

 

 

今回は、マキさん側に問題アリ? 『週刊女性』にノセられた?

今回、12年も付き合ってきたフジテレビの番組を「やだせ」と断罪したマキさん。

私は「いまさら何を言ってるの……? もしかして生活苦から『週刊女性』の口車にノセられちゃった?」なんて思ってしまいました。

マキさん自身、ショービジネスの中で生きてきたわけですし、再放送も含めるとフジテレビの放送は大きな宣伝になってきたはずです。だからこそ多少の演出にも目をつぶって応えようとしてきたでしょう。

もしかすると最新回の制作で何かトラブルがあって決裂したことでシリーズは終了することとなり、ひとつの鬱憤の捌け口(もしくは絶縁状?)としての告発だったのかもしれませんね。

 



ちなみにネットではつぎのような声があがっていました。印象的だと感じたものを抜き出しておきます。

 

「ザ・ノンフィクションという番組名のフィクション番組だろ」
「何年も放送していて今頃言っても損するだけ。不満があったならすぐに言わないとダメ」
「マキさん側の誇張がかなり入ってるのでは?」
「本人はショーパブで、番組見てねって宣伝してたよ 」
「金もらって嘘ついてた奴らが、別口から金もらってまた嘘ついてんのね」
「12年もギャラもらっておいて、卒業を期に告発って凄いな」

 

 

・ ・ ・

 

 

やらせかどうかは、当事者にしかわかりませんが、今回は『週刊女性』側が『テラスハウス』に続いて、フジテレビの問題告発&話題性優先でマキさんを利用したんでしょうね。

そんな気がします。

本気で「やらせ被害」で苦痛を味わい続けてたということであれば、かつて80歳代の老夫婦(2005年8月14日放送)や関係者がフジテレビとBRC(放送と人権等権利に関する委員会→その後、BPO:放送倫理・番組向上機構/Broadcasting Ethics & Program Improvement Organizationに吸収)にたいして苦情を申し立てたように、正規な手順を踏んで欲しいところです。

非常に長くなりましたが、ひとまずここで「マキさんの老後」に関する記事は終了としておきましょう。

 

私は……ほとぼりが冷めた頃に新しい「マキさんの老後」が作られるような気がします。

 

 

 

やらせの歴史! 昭和を彩った怪しい「やらせ番組」から社会問題に発展した「やらせ事件」の流れ

さて、ここからは本文中に「注」という形で紹介したやらせ番組のことにも触れておきます。

まずは、昭和の名作! 『川口浩探検隊』シリーズからです。

 

 

お茶の間に絶大な人気で支持された(注1)『川口浩探検隊』シリーズ

番組の内容は、俳優である川口浩氏が隊長として率いる「川口浩探検隊」が世界中の秘境を巡るものでした。

『川口浩探検隊』シリーズは、そもそも1977年3月から翌年1月まで3回放送された「水曜スペシャル」の探検番組がベースになっています。この際は探検隊長は西村晃や宍戸錠が務め、川口氏は司会役でした。

川口氏は「水曜スペシャル」以前には日本テレビ系の冒険番組『ショック‼』(1969~1971年)にも出演していたこともあり、川口氏自身が探検隊長を切望し、1978年3月から『川口浩探検隊』シリーズが正式にスタートしました。

世界を股にかけた壮大なスケールの「探検ごっこ」は1986年まで続き(全46回)、視聴率は軒並み20%以上を叩き出すという人気を誇りました。

嘉門達夫氏(当時、現在は嘉門タツオに改名)が番組の「やらせ(演出)」を皮肉った曲『ゆけ! ゆけ! 川口浩』(1984年)も大ヒットしますが、過剰な「やらせ(演出)」を暗黙の了解として楽しめる心のゆとりが残っていた昭和時代ならではの“良さ”だったといえるでしょう。

ちなみに『ゆけ! ゆけ! 川口浩』の曲自体は、川口氏や番組の許可なしでリリースされたといわれています。それが事実なのかは確認が必要ですが、昭和とはそういう大らかさがあった時代でした。

ついでに象徴的な歌詞をいくつか箇条書きで紹介しておきます。それを見るだけで微笑ましい気持ちになってしまうのは、私が昭和育ちだからなのでしょうか。

 

<『ゆけ! ゆけ! 川口浩』象徴的な歌詞>
・カメラマンと照明さんの後に洞窟に入る川口浩
・何かで磨いたようなピカピカの白骨
・しっぽから落ちてくる蛇
・動かないサソリが襲ってくる
・未開のジャングルにタイヤの跡
・腕時計の跡があるジャングル奥地の新人類
・大発見を学会に発表しない奥ゆかしさ

 

 

 

「真剣なやらせ」がドキュメンタリーとして受け入れられた昭和時代

私はプロレスファンです。日本プロレスや国際プロレス、新日本や全日本の馬場猪木時代のプロレスを楽しんできました。

当時から「プロレスはショーだ! 八百長だ!」なんて話が出ていましたが、そういった指摘も含めて、プロレスは国民に愛されていました。

『川口浩探検隊』シリーズも同様で、「探検ごっこ」と嘲笑?されつつも多くの人たちに愛されていました。

 

それは、なぜだったのか?

 

それは、「真剣なやらせ」だったからでしょう。真剣に視聴者を喜ばせようという作り手の気持ちが伝わっていたからだと私は確信しています。

 

また、時代背景も大きい理由でしょう。

 

当時、世界のことを知ることができる旅番組は『兼高かおる世界の旅』(1959年12月13日から1990年9月30日にかけてTBS系列で放送)や『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』(1966年10月9日から1990年9月16日にかけて日本テレビ系列で放送)などがありました。

 

これは偶然ではありません。

 

1960年代から1990年の約30年は、世界に幻想を抱けた時代でもあったのです。

 

ターニングポイントになった話題をいくつか挙げてみましょう。

 

まず小田実の『何でも見てやろう』が話題になったのが1961年。さらに1962年には堀江謙一が単独で太平洋横断に成功し、1964年には観光旅行が自由化となりました。そして1965年には作家小田実氏、開高健氏、哲学者鶴見俊輔氏らが結成した反戦運動グループ「ベ平連」が反戦デモを決行、1970年には日本人で初めて植村直己が世界最高峰エベレストに登頂しました。

 

世界との小さな接点が年を追いながら大きく開けていった時代だったわけです。

 

昭和が終了するのが1989年1月7日ですが、まさに昭和の終わりは、世界への憧れに対してピリオドが打たれた象徴と言っても過言ではないでしょう。

旅行記をメインにした表現の世界でも、藤原新也の放浪記関連、沢木耕太郎による紀行小説『深夜特急』あたりを最後に先細りになっていきます。

 

1980年代に入って『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が喧伝され、1980年代半ばから1991年にかけて「バブル(景気)」と呼ばれる時代を経ていく過程で、一般の興味は「日本再発見」といった形で国内に向けられていきます。

 

国内に目を向けるのはいいことですが、テレビ業界や一般視聴者は昭和のセンセーショナルな番組と比較する意識が膨らんでいくこととなり、狡猾かつ無理のある「やらせ(話題作り)」が生まれていくようになったのではないでしょうか。

 

 

ついに逮捕者も! 平成と昭和の時代の変化で求められる番組作りの苦悩

時代の変化によって番組作りの現場で苦悩が広がる中、象徴的な事件が発生します。

 

放送免許を取り上げられる寸前となり、逮捕者まで出たテレビ朝日系列の『アフタヌーンショー』の「やらせリンチ事件」です。

 

この事件は、1985年8月20日に放映された「激写! 中学生番長! セックスリンチ全告白」というテーマで放送された内容が「やらせ」だったというもので、リンチ加害者には謝礼が支払われ、リンチ被害者の家族が自殺するまでに追い込まれたことが判明。事実が明らかになると、『アフタヌーンショー』司会の川崎敬三氏やレポーターのばばこういち氏が番組降板、担当ディレクターが逮捕され、20年続いてきた人気があった番組自体も打ち切られてしまいました。

その後、担当ディレクターによる反論本も出されていますが、いまだに事実が不明瞭なところもある事件として知られています。

 

「テレビ朝日やらせリンチ事件の真実―ピエロの城」(1986年3月発行)
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昭和末期のタイミングで起きた「やらせ事件」は、ひとつの抑止効果にはなったでしょうが、その意識も時間の経過とともに風化していくこととなります。

 

 

 

演出か? やらせか? 再現か? (注2)『奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン』の真実

『アフタヌーンショー』の「やらせリンチ事件」以後、徐々にバラエティー番組などでは「やらせ」的な疑惑が持たれるようになりました。

しかし、あくまでもバラエティー番組という歯止めがあったわけですが、ついに再び社会を揺るがす「やらせ事件」が発覚しました。

それが、NHKのドキュメンタリー番組に端を発した「ムスタン事件」です。

 

1992年秋、ネパール王国政府の協力のもとに取材・制作されたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル『奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン』が放送されました。

 

放送は以下の2回でした。

・1992年9月30日放送「幻の王城に入る」
・1992年10月1日放送「極限の大地に祈る」

 

放送後、珍しい映像をとらえた番組は大きな話題となりました。

しかし、番組は賛辞のままでは終わりませんでした。

 



 

放送から少し時間をおいた1993年2月3日付『朝日新聞』朝刊の一面トップにセンセーショナルな「やらせ」の文字が躍り、一気に大きな社会問題へと拡がりました。

NHKは、すぐさま(2月5日夜)「内容の一部に事実と異なる点やゆきすぎた表現があった」として放送法にもとづく訂正放送を流して謝罪しました(2分30秒)。

さらに取材班に同行していたフォトジャーナリスト小松健一は『ムスタンの真実―「やらせ」現場からの証言』(リベルタ出版)を刊行し、問題の舞台裏を多角的に検証しました。

 

『ムスタンの真実―「やらせ」現場からの証言』フォトジャーナリスト小松健一
ムスタンの真実―「やらせ」現場からの証言
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番組では高山病で苦しむ様子を「再現」させたり、流砂を故意に「再現」させたり、岩石が道に落ちてくる様子を「再現」させたり・・・といった部分(約60ヶ所も虚偽シーンがあったとされている)が問題視されました。

 

この「再現」が、演出なのか、ヤラセなのか・・・この議論は令和時代になっても尽きることはありません。

 

この「ムスタン事件」に限って言えば、ドキュメンタリー番組に「再現」という演出(説明)は不可欠で、行き過ぎたものではなかったのではないか、という声も大きかったようです。

 

振り返れば、民法ではなくNHKで起きた事件いう時点で、キッチリと演出か? やらせか? 再現か?の線引きをしておく必要があった気がします。守られるかどうかは別にして、ガイドラインを作っておけば、番組制作者にとっての目安にはなっていたことでしょう。

 

 

「ムスタン事件」で解任となったNHKスペシャル番組部長、萩野靖乃氏の言葉

「ムスタン事件」を必要以上に掘り下げるだけの力量もないので、先を急ごうとしていたところで、当時のNHKスペシャル番組部長を務めていた萩野靖乃氏に関する貴重な資料を見つけました。

 

ひとつの情報として、載せておくことにしました。

 

その資料とは、月報『放送研究と調査』2014年2月号(編集:NHK放送文化研究所/発行:NHK出版)です。

 

これです。

 

「ムスタン事件」について 月報『放送研究と調査』2014年2月号(編集:NHK放送文化研究所/発行:NHK出版)

 

メディア研究部の七沢 潔さんという方のレポートは、萩野氏の生き様や「ムスタン事件」に対する想いが丁寧に描かれていました。

記事を一部抜粋しつつ、いまだにやらせの象徴として語り継がれている「ムスタン事件」を振り返ってみます。

 

・ ・ ・

 

1992年、萩野氏はNHK スペシャル番組部長に就任。まさに日本のドキュメンタリー番組の頂点に立ったばかりのタイミングで「ムスタン事件」が起きました。

 

1993 年2月3日,朝日新聞は一面トップ記事で,前年の9月30日と10月1日に2 夜連続で放送されたドキュメンタリー番組は自然の過酷さを強調するため,チーフディレクターが元気なスタッフに高山病の演技をさせたり,がれきが転げ落ちる「流砂」現象をわざと起こしたりして制作されたと報道した。(中略)ソースはNHK 取材班に同行したフリーカメラマンと現地ガイドの証言。その後波状攻撃的なキャンペーンが続いた。(中略)極め付きは,NHKの関連会社が車のPR 用ビデオ制作などの名目で日産自動車から1,000万円をこえる資金提供を受けており,番組に登場する同社製の車の後部に「NISSAN」のステッカーをはっていた事実の報道だった(2月6日朝刊)。

引用:制作者研究<テレビの“青春時代”を駆け抜ける>第4回 萩野靖乃(NHK)より

 

結果的に萩野氏は減給とNHK スペシャル番組部長の解任が申し渡されました。しかし、この件に関する不満は何も言わず,ひたすら沈黙を守り続けたそうです。そして2012年4月20日にガンのため他界。全ては闇の中に葬られてしまったと誰もが思った1年後、大きな衝撃が訪れます。

萩野氏の一周忌に『テレビもわたしも若かった』(武蔵野書房刊)という回顧録が刊行されたのです。

その本は現在も入手可能です。

 

「ムスタン事件」NHKスペシャル番組部長、萩野靖乃氏の回顧録
テレビもわたしも若かった」(武蔵野書房刊)
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そこには新聞記者を代表する活字メディアとテレビという映像メディアの意識の違い、無言を貫いた萩野氏の男気が溢れ出ていました。

 

(全面的に謝罪し,非難は甘受すると)覚悟は決めていたものの,このスクープをものにし
た朝日のK 記者との一対一の対話では,彼の思い込みによる取材に苛立ちを感じざるを得なかったのは事実だ。(中略)新聞記者という存在にはテレビドキュメンタリーというものがどういうものか殆んどわかってもらえないのではないかという気持ちになっていた。(中略)活字メディアと映像メディアを隔てる越えがたい溝が深々と横たわっていることを実感して,持っていき場のない憤りをふくんだやりきれない気持ちに陥った。

萩野は2月10日に上司である放送総局長に辞表を提出しているが,その日の日誌にはこう書かれている。「川口体制の根幹をゆさぶられないようにするために,俺はある種の捨て石となる覚悟をしなければならない。気分はすっとする」。(中略)議論をさけ全面謝罪の道を選んだ萩野の深層はこの辺りにあったのではないか。(中略)組織人としての処世に殉じた萩野の姿であった。その一方で,制作者・萩野靖乃の誇りは傷つけられたまま,心の奥深くに沈められることになった。その制作者としての魂の叫びが今野の本をきっかけに甦り,最後の数年をかけた回顧録の執筆に向かわせたのであろう。

引用:制作者研究<テレビの“青春時代”を駆け抜ける>第4回 萩野靖乃(NHK)より

 

このレポートを読む限り、まさに組織人として殉じることを選んだ荻野氏の行動によって、せっかくの「やらせ」の定義付けをするチャンスが曖昧になって終息してしまった感は拭えない事実です。もちろん荻野氏を非難する事はできません。

 

……もちろん荻野氏の選択を私が非難することはできませんが、非常に残念なことでした。

 

 

・ ・ ・

 

 

しかし、「ムスタン事件」から10年が過ぎ、荻野氏の無念さを晴らしてくれる一冊が登場しました。それがドラマとドキュメンタリー両方の表現方法でテレビ番組をつくってきた今野勉氏による『テレビの嘘を見破る 』(新潮新書)です。

今野氏は『テレビの嘘を見破る』にて、「やらせ」という定義が曖昧であり、「再現」「誇張」「歪曲」「虚偽」「ねつ造」などといった具体的な概念で説明されるべきだと主張しています。

これです。

 

今野勉氏による『テレビの嘘を見破る 』(新潮新書)「やらせ」自体が曖昧な言葉
テレビの嘘を見破る』(新潮新書)
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この一冊よって、「やらせ」の定義に関する論争が広がってくれればよかったのですが、そうはいきませんでした。残念なことです。

 

 

捏造と再現とは? 朝日新聞の映像メディア憎しが引き起こした「ムスタン事件」

「ムスタン事件」は朝日新聞の異常なライバル心な体質が引き起こした事件ともいえます。

 

 

異常なライバル心とは?

 

 

つまり、「やらせ」の道連れとしてテレビ媒体を巻き込みたかったんじゃないかと思っています。

 

 

道連れとは?

 

 

1989年4月20日付夕刊一面の連載企画で「沖縄県西表島のアザミサンゴにK・Yというイニシャルの落書きがあることを発見した」という、朝日新聞サンゴ記事捏造事件(別名、KY事件)の道連れです。

 

これは朝日新聞写真部に所属するカメラマンによる捏造(意図的に傷つけた)でした。

テレビという映像媒体の台頭で活字媒体は焦りがありました。そのために写真報道に熱が入り、スクープ報道を捏造するに至ったのでしょう。

このKY事件後、「やらせはウチだけじゃないよ! NHKだって!」という気持ちが込めらていたと私は感じています。

 

冷静に考えれば、「KY事件」のような人為的に無かったものを作り出したことは「捏造」であり、「ムスタン事件」で指摘されたような映像は実際に起きていたことを作り出すのは「再現」であることは明白ですが、当時はそういう線引すらできていなかった「大らかな」時代だったともいえるでしょうか。

 

・ ・ ・

 

 

ここで時間を一旦、巻き戻します。

世界の「やらせ」の原点(発火点?)ともいえる存在である映画監督のヤコペッティ氏について紹介します。

 

 

 

「やらせ」の原点は、ヤコペッティ監督(注3)の『世界残酷物語』

グァルティエロ・ヤコペッティ(以下、ヤコペッティ)は、元々は週刊誌の記者という異色の経歴の持ち主でした。その後、『世界の夜(Il mondo di notte)』などといったドキュメンタリー映画の製作に脚本やナレーションで参加し、その流れで『世界残酷物語(Mondo cane)』を1961年に発表します。

『世界残酷物語』は、ヤコペッティが『2年ほどかけて世界を旅し、世界中の奇妙な風習を発見し,それらを映像に収めたもの』というふれこみでした。発表後、世界的な大ヒットとなり、興行的にも大成功をおさめました。

問題の作品は、これです。

 

ヤコペッティ監督『世界残酷物語(Mondo cane)』1961年発表
世界残酷物語
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内容は見て判断していただくのがいいでしょう。簡単に言ってしまえば、ショッキングなエログロで、妄想を掻き立てることを狙ったセンセーショナルな作品です。

 

世界のさまざまなエピソードが収録されている映画ですが、なんと日本も取り上げられています。それは日本初のサウナ施設「東京温泉」。銀座6丁目にあった入浴レジャー施設です。

 

 

耐え難い映画「Mondo cane(モンド・カーネ)」と名曲「モアー(MORE)心の奥底に」

ちなみに正式タイトル「Mondo cane(モンド・カーネ)」は、「犬の世界」と訳すことができます。

 

なぜ犬なのか?

 

じつは「cane」はイタリア語のスラングで、「耐え難い」「とても酷い」という意味があります。

 

ちなみに英題は「A Dog’s World」。そのままですね。

 

現在は犬のイメージは悪くありませんが、以前はかなり悪かったんですよね。とくに海外では現在も悪いイメージで用いられることが多いようです。

 

テーマ曲はリズ・オルトラーニによる『モアー(MORE)心の奥底に』

この曲は過激な映像とは似ても似つかない非常に美しい旋律で大ヒットし、アカデミー賞にもノミネートされました。

この残酷映像に美しい旋律の曲を組み合わせるという手法は、この映画で確立されたといわれています。

 

 

残酷と規制の間の1960年代前半から、次第に「やらせ」がエンタメ化へ進む?

ヤコペッティの『世界残酷物語』をきっかけに、映像の世界は過激さがエスカレートしていきます。

私の好きなプロレス界でも象徴的な「事件」が起こります。

 

それは1962年4月27日の日本プロレス神戸大会で起きた「フレッド・ブラッシーの噛みつき攻撃」による流血シーンを見た高齢者のショック死でした。視聴率70パーセントともいわれる人気番組が原因で起きた「事件」は、翌日の朝日新聞・夕刊7面(社会面)に掲載され、大きな社会問題となりました。

 

結果的にはテレビ局側が残虐な場面は大写しにはしないと自粛する方向で話は落ち着きました。

このあたりの自主規制、自粛といったスタンスと信憑性の間の中で、一般人の心の中に「やらせ」という概念が芽生えていったのかもしれません。

 

そして70年代を迎える頃には真剣勝負が八百長と揶揄され、ドキュメントは暗黙の了解の「やらせ」と受け入れられ、予定調和の娯楽(エンタメ)として受け入れられていったように感じています。そして『エクソシスト』に代表されるホラー映画、心霊ブーム、矢追純一や『ムー』に代表される宇宙人・超常現象・UMAなどが、そのエンタメを加速させていったのではないでしょうか。

そのフィクション作品を攻撃するフィクション作品は、川口浩氏主演の『ショック!!』から狼煙が上がります。

 

 

『世界残酷物語』が下敷きになった川口浩『ショック!!』

『川口浩探検隊』シリーズの説明の際に少し触れましたが、川口氏が出演していた日本テレビ系の冒険番組『ショック!!』(1969~1971年)は、このヤコペッティ『世界残酷物語』を意識的に「利用」した内容でした。

要するにヤコペッティ『世界残酷物語』は「やらせ」だけどウチのは本物なんだ、というウリだったわけです。

意識的にフィクションを攻撃するフィクションだった番組『ショック!!』こそ、「やらせ」をエンタメとして楽しむターニングポイントになった作品ともいえるでしょう。

 

さて、話がだいぶ脱線してしまいました。「やらせ」に関しての話は尽きませんが、話を『ザ・ノンフィクション』に戻します。

前半に書きました、NHKが放送した「もんたよしのり下積みドキュメント」についてです。

 

 

 

(注4)売れないミュージシャン、もんたよしのり下積みドキュメント

もんたよしのりさんは1980年4月リリースの「ダンシング・オールナイト(←クリックすると、アマゾンのページに飛びます)」で一世を風靡しました。

この売れる前のもんたさんの密着ドキュメント番組(「青春・スターの条件」1978年5月3日放送)がNHKで放送されたんですが、まったく希望の見えない内容でした。

もんたさんは20歳で神戸から上京してデビューしますが、まったく売れませんでした。5年間でシングル4枚、アルバム1枚のリリースでも、まったく鳴かず飛ばず。一端は歌手を諦め実家に戻りますが、再挑戦しようと奮起します。その頃の状況をNHKはドキュメント番組にまとめたのですが、とにかく最初から最後まで暗い印象でした。最後に四畳半?くらいの部屋で一人曲作り(内職?)をするもんたさんの様子が段々とフェードアウトする感じで番組も終わった印象でした。

その後、もんたさんが売れた時には、ドキュメントの印象が強かっただけに、我が身のように喜んだ記憶があります(苦笑)。

 

 

そんな徹底的に暗さだけが印象に残った番組だったのですが、この手法を『ザ・ノンフィクション』は下敷きにしているような気がします(とはいえ、まったく番組の詳細はほとんど覚えていませんので、完全な勘違いかもしれません)。

 

 

・ ・ ・

 

では、そもそもドキュメンタリーとは、どのような手法があり、どういうものとして定義されているのでしょう。そこを少し確認してみます。

 

 

 

ドキュメンタリーと報道、フィクションとノンフィクション

wikipediaによると、「記録映像作品のことを指し、文学におけるノンフィクションに相当し、『取材対象に演出を加えることなくありのままに記録された素材映像を編集してまとめた映像作品』と定義さてる」となっています。

しかし、フィクション・ノンフィクションの境界は曖昧で、大きな差はないと発言している人もいます。

また、ドキュメンタリーと報道の違いも指摘されています。ドキュメンタリーは制作者の主観や世界観が優先されますが、報道は可能な限り客観性や中立性が求められるものだという考え方です。

ここでの「制作者の主観や世界観」というのが、演出とフィットしてきます。結果、演出が「やらせ」という指摘も生まれてくるわけです。

 

ドキュメンタリーの手法

ドキュメンタリーの手法に関しても多様な議論がありますが、下記の5つの手法が一般的といえるでしょう。

 

・インタビュー
・再構成
・観察
・再現
・演出(フェイク、モキュメンタリー)

 

最後の演出をドキュメンタリーの手法に入れない人も多いとは思いますが、誠実な演出による作品は、事実よりも真理を的確に表現していることもあります(だからこそ厄介な問題ですが)。

では、それぞれの内容を簡単に説明しておきます。

 

インタビュー

よくある手法ですね。対象者をはじめ、周辺の関係者の言葉で本質に迫る手法です。もちろん「誰の、言葉のどの部分を切り取るのか」によって、かなり意図的に印象操作ができる部分ではあります。鑑賞者はその部分も意識して、鵜呑みにしない心構えは必要です。

 

 

再構成

文献や記録映像などといったアーカイブを組み合わせて再構成する手法です。インタビュー同様、素材の取捨選択や構成方法によって、かなり意識誘導されてしまいます。

 

 

観察

インタビューや再現(後述)をできるだけ排して、フラットな視線で映像メインに作り上げる手法です。ある意味では鑑賞者の感性に委ねられる部分も強いので、私的には良心的な手法だとは思います。しかし、場合によっては非常に難解になりがちにもなってしまいます。

 

 

再現

「ムスタン事件」でもポイントになった部分です。昔に起こった事実を、できるだけ忠実に再現する手法です。再現といっても、その境界線は曖昧で、事実にプラスした対象者の心情などを台詞に加えることも行われます。事実を演じるということは、つぎに紹介する演出との間で揺れ動く部分でもあります。作り手の意識が曖昧だと、そのまま映像にその状態が炙りだされてしまいます。

 

 

演出(フェイク、モキュメンタリー)

まず、演出について定義する前に、カタカナ語から説明しましょう。

フェイクと書くと、「嘘」となってしまいます。とてもネガティブな印象になってしまいますが、要するに鑑賞者を楽しませるという意志をメインに考えた手法です。

並べて紹介した「モキュメンタリー」は、擬似を意味する「モック」と「ドキュメンタリー」を組み合わせた造語です。モキュメンタリーは、明らかな虚構を、事実にように伝える手法です。映像以前の作品ですが、オーソン・ウェルズが手がけたラジオドラマ『宇宙戦争』(1938年)がモキュメンタリーの起源のひとつとされている作品です。最近(ここ10年くらい前から?)は、『第9地区』(2010年)などのように虚構寄りではなくドキュメンタリー寄りの作品が注目されています。

 

さて、肝心の演出です。

 

フェイクやモキュメンタリーの要素を多分に含みやすいものです。作り手の想像や意図が強すぎるとフェイク色が濃くなります。まだこれは許せますが、最初からモキュメンタリーというスタンスで作っていう場合が、問題を引き起こすことが多いように感じられます。

 

この続きはあらためて!

 

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